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お金の正体はいったい何だろうと考えてみた

2021-01-22

小学1年生のとき、今と変わらぬ100円玉を3枚握りしめ、遠足のおやつを買いに行った時が最初にお金を使ったことのように思います。その頃はお金が万能で世の中の主役のような存在に感じていました。

様々なお金の形

自由に使えて、お店で物品と交換できるお金。

  • 貨幣、紙幣、商品券
  • 電子マネー、クレジットカード枠
  • ポイント、クーポン
  • 通帳に記載されている預貯金

自由に使えないが、将来条件が揃ったら自由に使える。

  • 病気、怪我を保障する保険金
  • 年を取ったらもらえる年金
  • 医療負担を減らす健康保険
  • 将来の株の配当金
  • 将来の郵便貯金の金利

保険金や年金の保証額(お金)は所有していると考えていないと思いますが、いざという時に使えるようになるお金ですので所有していると考えた方が合理的です。仮に保険や年金を支払っていなくても代わりの貯金してあれば、同じ効果を生みますよね。将来使える、貰えるならばそれは貯金と同じく所有しているに等しいのです。

意外とお金持ち?

保険金や年金の保障額と、今持っている貯金と足し算すると、結構お金を持っていることになりませんか。死亡保険金やら学資保険やらを勧誘されるままに続けていて、それに加えて死んだとき用の貯金、子供のための貯金もしている。でもこれって機能が重複しています。どちらか一つでよいです。

  • 死亡保険金 ⇔ 死んだときのための貯金
  • 学資保険 ⇔ 子供の学費のための貯金

さらに、「年を取ったらもらえる年金」には遺族年金なる隠れ機能があります。ざっくり表現すると、死んだ人に生計を維持されていた「子」(18歳未満)と、子のある配偶者(前年の年収が850万円未満)に支給されます。年間支給額はざっくり、配偶者 約78万円 + 子 約22万円(2人まで)。ちょっと少ないですが残った配偶者が働いて補ってくれれば最低限、生活は可能なように思えます。あれれ?死亡保険金いらなくないですか?

お金は道具?

ここまで考えた後、お金って生活するための道具かな?って思うんです。もちろん将来を憂いなく過ごすために貯金も必要なんだけど日本に住んでいて公的な保険、年金を支払っていればそこそこ将来は保証されていることに気づいたわけです。あんまりためておく必要がないんです。

もし子供が大学に行きたいといった時には奨学金もあるわけです。(返済は大変ですが)子供は手をかければかけるほど軟弱化します(主観的な意見です。一般論ではありません)困ったときはあなたの味方ですよと表明して放っておくのが良いです(一般論ではありません。個人的な意見です)。

お金は道具なのだから「お金のために何か行動するのではなく、何か行動するためにお金を道具として使う」と言う訳です。

「円」は「ありがとう」と読む

唐突ですが、「円」は「ありがとう」と読む。これは、喜多川 泰さんの著書「君と会えたから・・・」に書かれた一節の要約です。著書の中の女子高生ハルカは「私たちは、ありがとうっていう代わりに、それに見合ったお金を払っているの」と言います。

「ありがとう」という感謝がみんなに行き渡るようにお金が道具として「ありがとう」を運んでいると。チーズバーガー「180円」は、「180ありがとう」と呼び、チーズバーガーを作った人や、中の小麦粉やチーズやレタスを作った人すべてに「ありがとう」が分配されると言う訳。

そのように考えると、気持ち良く支払いができるってもんです。そしてより吟味して大切にお金を使おうと思うわけです。

まとめ

お金が主役だった時は過ぎ去り、道具として見るように心がけても、所有しているお金の量は気になります。(未熟者)

ですが、「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」と云われるよう貯金ばかりせず「お金に働いてもらう」様、投資、資産運用について勉強し続けていきたいと思うわけです。

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雑記

Posted by fuminox